「見る」ということ
NO.164 2008/1/3

      Was ist das Schwerste von Allem?
        Was dir das Leichteste duenket,
      Mit den Augen zu sehen ,
         Was vor den Augen dir liegt.

 これは数あるゲーテの詩の一つですが、私はこの詩が好きです。(すべてのものの中で最も難しいものはなにか、それは、あなたの前にあるものを見るという、最もたやすいと思われることであるという意味) この詩をはじめて知ったのは、丁度インターンの頃でしたから、あるいはこれが皮膚科医を志すきっかけになったかもしれません。

 高等学校時代の後半、私は動物学の先生のご指導で、余暇を利用して約70匹の「みみず」の解剖をしたことがあります。生殖器や盲嚢の形態を詳細にしらべ、比較解剖学の片鱗に触れて、妙に気を引かれたことを思い出します。

 その後医学部へ進みましたが、一年の夏休み、教授のご指導で肩甲骨の計測を行いました。84体の計測の結果を小論文(英文)にまとめましたが、戦後の混乱に紛れて未発表に終ってしまいました。しかし、骨の形が筋肉や関節の運動といかに関係が深いかを如実に知らされたものです。

 見る方法にもいろいろありますが、あるいは見方を誤っているのではないかと思うことがあります。組織化学や電子顕微鏡が発達して観察はより細かにできるようになりましたが、ただミクロの観察だけで全体をつかむことができるでしょうか。
 一つのものを見る場合には、それが置かれた周囲の状況を判断しながらそのものを見る、つまりマクロの観察がまず大切で、生物の場合にはそのものの動きを見ることが更に要求されます。動きをとらえることが困難な場合には、必要に応じて刺激を加え、起された反応をつぶさに見なければならないし、肉眼で見えなければルーペを使うとか、顕微鏡で見たりしなければなりません。
 
 嘗て、テレビで「四つの目」という番組がありました。普通の目でわかりにくい場合は拡大の目を使ったり、時には透視の目を使ったり、いろいろ見方をかえて見ることが必要です。動いているものを見る場合には時間の目が必要になります。目で見てわからない場合は触ってみるとか、かいで見るとか、聴いてみるとか、よりダイナミックな観察法が残されていますが、最後に、絶えず他と比較しながら見るということを忘れてはなりません。   
 多くの例を比較しながら見ていますと、一例ではわからなかったことがわかる場合もあります。とにかく「見る」ということは、なかなか容易なことではありません。
 

患者さんを診る

 皮膚科医になって55年になりますが、いやでも皮膚をみる訓練をさせられてきました。その上で言えることは、割にありふれた皮膚病でも、まだまだ未解決の分野が残されているということです。ただ見るだけでは駄目です。もっと見抜く力を養わねばならないことを痛感します。

 これは最近のことですが、若い女性の患者さんを診ているうちに、とくに「にきび」の患者さんを中心に、次のようなことがわかりました。それは、本来の症状の他に、低血圧症を訴えたり、月経異常(生理不順または月経前悪化)を訴える傾向がみられることです。
 そこで、このような目で治療すると、「にきび」も一層治し易くなります。

 また、アレルギー性皮膚疾患、とくに慢性蕁麻疹などの治療に際しましては、アレルギーに対する処置は勿論ですが、場合によっては神経とくに自律神経並びに内分泌の影響を併せ考えた、いわゆる三位一体の概念に則った治療が必要であるということであります。
 これは、一朝一夕で得られるものではなく、長い間の経験がそうさせたものと感謝する次第です。

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