皮膚科医として、私が歩いて来た道(その掘
NO.521 2014/5/25

今回は前回にひき続き、別府に帰省してからの歩みについて述べてみたいと思います

別府に帰省して開業後、わたしは如何に皮膚科診療を展開してきたか

この正月 わたしは88歳になり、皮膚科医として丁度60年を迎えることになります。
そこで、これを機会にわたしが歩いて来た道を振り返ってみたいと思います。

※ 皮膚科診療に対するわたしの考え方 

・私の職業奉仕は、『常に大所高所より、あくまでも患者さんのために』にあります。
 安易に患者さんの要求に応ずることのみが医師の職業奉仕ではないと思います。
・患者さんのために、常に新しい夢をもち、現時点において最善の治療が提供できるよう、研鑚を怠らないことであります。
・そして、皮膚科医は単に皮膚のみならず、場合によっては皮膚を通して人間全体を考え、更には、まわりの環境をも念頭におく必要があることを考えてきました。
・とくにわたしたち開業医は、地域医療の第一線にあって多くのありふれた皮膚病患者に接するわけですから、これと積極的に取り組み、上手に治せる医師でなくてはなりません。 
・そのためには、皮膚症状並びにその治療経過を細かくみることは勿論ですが、その原因なり、それを治りにくくしている背景を探るため、必要な諸検査を行い、この検査所見を参考にして皮膚症状を診、それに合わせた治療法を選び、治療経過を細かく診なければなりません。
・とくにアレルギー性皮膚疾患の場合にあっては、アレルギーに対する処置は勿論ですが、場合によっては神経、とくに自律神経ならびに内分泌の影響をも考えた、いわゆる三位一体の概念に基づいた治療が必要と思う次第です。


※ 開業医としての学術研究活動
 以上のような考えで日常診療を行っていますと、更に新しいことが分かり、その都度これをまとめて発表することにしていますが、80歳を過ぎた現在、出来るだけ年に1回、これを実行することにしています。

 ・日本臨床皮膚科学会;2回(昭和62年11月、平成元年5月)
 ・大分県医学会;1回
 ・別府市医師会学術研究会;3回
 ・日本皮膚科学会大分地方会;24回
 ・日本皮膚科学会東京地方会;1回(昭和45年7月)
 ・日本皮膚科学会・学術大会;2回(昭和54年4月、昭和58年4月)

学会発表(昭和45年7月から平成24年7月まで → 33回)

1.絆創膏皮膚炎の一考察 
 日本皮膚科学会東京地方会研究会477回例会(昭和45年7月)
  ※ 臨床皮膚科:24巻,12号,1185頁,昭45)
2.手の皮膚炎<全身的背景>
 日本皮膚科学会第28回大分地方会(昭和45年9月27日)
3.男性禿の問題点
 日本皮膚科学会第29回大分地方会(昭和46年11月21日)
4.顔面の紅班
 日本皮膚科学会第29回大分地方会(昭和46年11月21日)
5.温泉と皮膚
 日本皮膚科学会第30回大分地方会(昭和47年10月1日)
6.化粧品皮膚炎の2 ,3の問題点
 日本皮膚科学会第30回大分地方会(昭和47年10月1日)
7.肝斑と血圧
 日本皮膚科学会第31回大分地方会(昭和48年10月28日)
8.いわゆる小児乾燥型湿疹とその背景について
 日本皮膚科学会第31回大分地方会(昭和48年10月28日)
9.皮膚科領域における医原性疾患
  (各科における医原性疾患)
 別府市医師会学術研究会(昭和50年6月27日)
10.円形脱毛症と甲状腺機能
 日本皮膚科学科第33回大分地方会(昭和50年9月7日)
11.肝斑の診断学的意義について
 第38回大分県医学会(昭和50年10月26日)
12.皮膚反応 (パッチ・テスト)
 第78回日本皮膚科学会・学術大会(昭和54年4月11日)
13.皮膚疾患と血圧の一断面
 医師会学術研究会(昭和58年2月22日)
14.地域医療における皮膚科開業医
 シンポジウム 「現代医療における皮膚科」
 第82回日本皮膚科学会・学術大会(昭和58年4月3日)
15.2,3皮膚疾患の治療経過における赤沈の動態について
 日本皮膚科学会第43回大分地方会(昭和60年9月7日)
16.プライマリーケアと皮膚科専門医
 シンポジウム「皮膚科専門医はいかにあるべきか」
 日本臨床皮膚科医学会・第2回臨床学術大会(昭和61年6月28日)
17.当クリニックにおける凍結療法の現状
 第50回大分県医学会(昭和62年10月18日)
18.慢性蕁麻疹における非特異的減感作療法の効果検討
 日本皮膚科学会第45回大分地方会(昭和62年11月29日)
19.シロガヤ皮膚炎について
 日本皮膚科学会第46回大分地方会(昭和63年10月30日)
20.皮膚科保険診療における問題点 パネルディスカッション
 日本臨床皮膚科医学会九州支部 
 第5回総会・学術教育講習会(平成元年5月28日)
21.皮膚科診療における凍結手術の妙味
 日本皮膚科学会第47回大分地方会(平成元年11月9日)
22.入浴調査について
 日本皮膚科学会第50回大分地方会(平成3年6月30日)
23.皮膚科の啓蒙について
 日本皮膚科学会第52回大分地方会(平成4年7月5日)
24.顔の湿疹様病変を治すにあたって
 日本皮膚科学会第78回大分地方会(平成17年11月27日)
25.長期間観察した尋常性乾癬の一例
 日本皮膚科学会第79回大分地方会(平成18年7月1日)
26.女性患者にみられる最近の傾向と、これに対する治療法の検討
 日本皮膚科学会第81回大分地方会(平成19年7月1日)
27.長期間観察している全身性エリテマトーデスの一例
 日本皮膚科学会第84回大分地方会(平成20年11月30日)
28.女性患者にみられる最近の傾向と、これに対する治療法の検討
 別府市医師会会員による学術研究会(平成21年2月28日)
29.当クリニックにおける「帯状疱疹」治療の新方針とその成績
 日本皮膚科学会第85回大分地方会(平成21年6月28日)
30.手湿疹・その治し方の工夫
 日本皮膚科学会第88回大分地方会(平成22年11月14日)
31.中高年の「しみ」、とくに脂漏性角化症に対するスキンケアの一考察
 日本皮膚科学会第89回大分地方会(平成23年6月26日)
32.当クリニックにおける低出レーザー治療の現状
 日本皮膚科学会第91回大分地方会(平成24年6月24日)
33.三位一体の新しい皮膚科診療を提唱する
 日本皮膚科学会第93回大分地方会(平成25年7月7日)




※ 診療内容の充実に向かって

1. 新しい治療法の導入  
* 凍結療法:1974年(昭和49年)以降
 液体窒素による普通の「いぼ」や老人性の「いぼ」等の治療
*レーザー治療
・低反応レベルレーザー治療:1993年(平成5年)2月以降
 とくに帯状庖疹後の神経痛や、通常の治療でてこずっている痒疹などの『慢性皮膚疾患』『しろなまず』『円形脱毛症』などの治療に応用
・高反応レベルレーザー治療:2000年(平成12年)6月以降
 とくにアザ、シミ、ホクロの治療に応用、とくに2000年6月から大分県では始めての、九州では3番目のQスィッチ・ルビーレーザーを導入して、太田母斑という特殊なアザの治療を始めました。また、炭酸ガスレーザーも導入してイボやホクロの治療が容易になりました。

2. JNスキンケアセンターの併設(1991年8月)と メーク・アップ教室の開 催
・皮膚に関する医学と美容のドッキングが必要であり、皮膚科学に立脚した美容が大切なことから,治療とケアを一貫して行うためにジェイ・エヌ スキンケアセンターを併設しました。(平成3年8月20日)
・年2回(夏に入る前と冬にいる前)の行事であるメーク・アップ教室は、医師であるわたしと、シュウ・ウエムラ化粧品のインストラクターとはじめによく打ち合わせをし、皮膚科より見た一人一人の問題点を考慮にいれてメーク・アップの指導を行いました。
・とくに最近は光線過敏症の患者さんが多く、紫外線カットが大切な手段となっていますので、これに基づいたメーク・アップの指導が必要になってきました。
・今後は、お年寄りに「夢を与える」ことをモットーにしていますので、将来はデイサービスに準じた形で、気楽に来ていただくようなことを考えております。

3.新世紀に向けて理想の全身シャンプーをつくる(2001年1月)
 スキンケアの第一歩である皮膚の清浄、とくに入浴の問題は、温泉地・別府に住む人々にとっては切実な問題であり、常にわたしの脳裏から離れられない問題でした。
 過去3回にわたる入浴調査の結果を生かし、何時かは理想的なシャンプーをつくりたいと思っていましたが、2001年1月、東京の化粧品メーカーの協力を得て、オリジナルの全身シャンプー(ジェイ・エヌ全身シャンプー)をつくることが出来ました。
  ジェイ・エヌ全身シャンプーの特徴
・『あか』や『よごれ』は取るが、最後の脂気は残し、しっとりと皮膚を保護する。
・温泉のような硬水で使っても、普通の石鹸と違い、肌を荒らさない。したがって、アトピーの人も安心して使える。 ・普通の中性洗剤と違って、泡は分解しやすく、公害を残さない。

4.夜間診療の実施(2002年10月)
・アンケート調査の結果、患者さんの要望に応えて2002年10月21日より開始しました。
・月、火、水、金曜の6時半より8時まで実施していましたが、2009年9月1日より80歳を過ぎての体調を考え、夜は7時までとしました。


※ 皮膚に関する健康教育活動の展開
・医師会関係
 皮膚科開業医の新しい生き方を求めて(別府市医師会報;18巻・3号・昭62)
・ロータリー・クラブ
 地域社会における皮膚科医の役割(昭和45年10月23日)
・テレビ関係
 NHK健康教室・2回(平成2年1月31日、5月20日)
 TOS皮膚の健康・日焼けにご用心(平成2年6月2日)
・新聞関係
 入浴調査:大分合同新聞、今日新聞(平成2年10月)
 皮膚について思う:今日新聞(平成7年1月1日)
・入浴調査:
 別府市地域保健委員会(昭和44年2月〜4月、昭和51年10月〜11月)
・市民健康講座
 冬と皮膚病(昭和61年1月18日)
 夏と皮膚病(平成2年7月21日)
 皮膚病あれこれ(平成7年7月7日)

※ 皮膚に関する啓蒙の推進
1.皮膚に関する小著発行




2.ホームページ「クリニックレポート」の開設(2001年8月) 
・皮膚科医50年の経験に新しい知識を加え、時宜に適した話題をテーマに、主としてありふれた皮膚病について分かりやすく解説するとともに、
・わたしの考え方を皆さんによく知っていただくために、2001年8月1日開設。(http://www.narumi-clinic.jp)
・はじめは週1回、2年目より10日に1回の更新で、最近は時々更新していますが、2014年(平成26年)4月29日で183回に及んでいます。

 
おわりに

 以上、わたしの皮膚科医としての生涯について述べましたが、最後にこれを纏めますと次のようになります。

 昭和26年(1951年)九大卒業後東京逓信病院にてインターン終了、そのまま同病院皮膚科に勤務することになり、当時新進気鋭な恩師小堀辰治先生のご指導を受けることになりました。

 入局と同時に当時としては日本でいち早く副腎皮質ホルモン療法の研究に着手した共同研究者の一員となり、一方、アメリカで発展した新しい軟膏療法の手ほどきを受けました。そして、「副腎皮質ホルモンの円形脱毛症に対する治療効果、特にその奏効機序について」を主論文に審査をうけ、1959年 東京大学より学位を授与されたことは、わたしの生涯で忘れることのできない幸せなことの一つでした。

 ついで1960年、群馬大学医学部助教授として赴任、山碕教授より記載皮膚科学の原点に触れたドイツ流の厳しいご指導を受けました。この北関東における研究生活3年間の様々な体験と、前任地である東京逓信病院での8年間のいわばアメリカ流の自由な研究体験がミックスされて、今日の自分があるということを、今更ながら感謝しています。

 昭和38年(1963年)9月、群馬大学を辞した後、同年10月より昭和43年(1968年)12月までの東京新橋における5年間の開業生活は、全国理美容ネットワークにのった特殊な体験でしたが、以上、東京逓信病院についで群馬大学、更に東京新橋における診療体験が生かされて、今年で皮膚科医として60年を迎えた現在のわたしがあるわけであります。

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